坂田文庫だより第9回 | 公益財団法人 宮嶋利治学術財団

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坂田文庫だより第9回

私たち宮嶋利治学術財団(以下、宮嶋学術財団)では、熊本県八代市植柳(うやなぎ)下町にある旧家・坂田家に所蔵されてきた膨大な量の歴史・文化資料類(「八代・坂田家資料」)を収集し、整理・調査・研究事業を進めています。

また、事業の内容などを多くの方々に知って頂く必要性も感じ〝坂田文庫だより〟と題して、Facebookに昨年から1月・3月・5月・7月・9月・11月の隔月(奇数月)ペースで記事を掲載し、「情報発信」を行ってきました。

第1回目から前回・第8回目までの〝坂田文庫だより〟では、「八代・坂田家資料」の概略や資料そのものの重要さ、さらに地元・八代が近代都市として確立し、成長・発展していく礎(いしずえ)を築き上げた、近代以降の坂田家当主たち(「坂田家3代」)について、詳しく触れてきました。

第9回目の今回からは、整理が終了した資料類で特筆すべきもの、あるいは未整理の段階であっても、注目すべき資料類などを少しずつですが、みなさんへご紹介していきたいと思います。なお、ご紹介する資料類の年代はバラバラですが、その点はご了承下さい。(文中敬称略)

手紙

【写真・1 「坂田 貞 宛ハガキ」 大正10(1921)年7月13日付 差出人・光永星郎】

光永星郎(みつなが ほしお、1886~1945)が、海外での活動の様子などを伝えるため、アメリカ・ニューヨークから坂田 貞(さかた ただす、1863~1937)宛に出したハガキです。光永は日本最大の通信広告企業である「電通(でんつう)」の創業者でした。

「八火(はっか)」の名前でもよく知られている光永ですが、「八火」とは雅号(がごう、文人や書家などが本名以外で名付ける風雅の名前)です。

光永自身が、明治39(1906)年12月に創設した「日本電報通信社(現在の「電通」の前身)」はこの頃には、アメリカやヨーロッパ諸国の大手通信社や広告代理店と「通信契約」を盛んに締結していきます。創業者であり社長でもある光永は、忙しく世界各国を跳び回っていました。

このハガキは、大正10(1921)年7月13日にアメリカ・ニューヨークから出されましたが、ハガキ右下に異筆で「八月五日着」と書かれています。つまり、熊本・八代へは約1ヶ月近くかかり、8月5日に届いたことがわかります。

ハガキには「紐育(ニューヨークのこと)」に滞在したことや、その後「渡英(イギリスに渡る)」したこと。さらに伯林(ベルリンのこと)で、貞の「愛息(子供)」に会ったことなどが書かれています。貞の「愛息」とは、坂田道男(さかた みちお、1887~1973)のことです。

当時、旧制第五高等学校(現在の熊本大学)の教授であった道男は、前年・大正9(1920)年から2ヶ年の予定で、イギリス・ドイツなどを中心としたヨーロッパ諸国へ留学していました。

光永氏

【写真・2 「日本電報通信社(「電通」の前身)」社長時代の光永星郎(みつなが ほしお)】

今回ご紹介した資料からもうかがえる光永星郎と坂田家との関係ですが、実は光永自身も熊本・八代の出身でした。

江戸時代末期の慶応2(1866)年。肥後国(現在の熊本県)八代郡野津(のづ)村に生まれました。幼名は喜一(きいち)といいます。

当初は軍人を目指しますが、病気の影響で右脚の自由を失いました。明治27(1894)年に勃発した日清戦争へは「従軍記者」として中国で活動しました。その時、通信手段の整備不良で記事の転送・掲載が大幅に遅れた経験から「通信社」設立を構想し、会社維持のためには「広告」による収益の重要性も考え、同時に「広告代理店」を設立します。その「通信社」と「広告代理店」。これが「日本電報通信社」、いわゆる現在の「電通」でした。

以後、光永は日本における通信・広告業界の中心的存在として、その活動範囲は国内にとどまらず、全世界にまで及びました。社員8人ほどの小規模な会社から始まった「電通」ですが、光永のバイタリティーあふれる活躍によって、国内最大、世界でも有数の通信広告会社へと成長していきました。

今回ご紹介した資料からは、まさに元祖「ジャパニーズ・ビジネスマン」として、世界各国で活躍していた光永の様子がうかがえます。

通信・広告業界での功績が認められ、光永は昭和8(1933)年に勅撰(ちょくせん、天皇の命令のこと)によって貴族院議員になります。そして、太平洋戦争の敗戦が色濃くなった昭和20(1945)年に死去。享年78でした。戦後の昭和45(1970)年、熊本県によって「近代文化功労者」として顕彰されています。

なお、次回・第9回目の〝坂田文庫だより〟は7月頃の掲載を予定しています。

※【追記】

平成26(2014)年10月26日に、熊本の民放「TKUテレビ熊本」(フジテレビ系列)制作のドキュメンタリードラマ『「郷土の偉人」シリーズ・第22弾 〝広告の先駆者、光永星郎〟』が、FNS九州7局ネットで放送され、俳優の綿引勝彦(わたびき かつひこ)が主人公・光永星郎を演じました。